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有機超伝導体における走査型トンネル分光
有機物超伝導体の超伝導発現の機構を明らかにするため、走査型トンネル顕微鏡(STM)を用いたSTM分光(STS)測定を行い、超伝導ギャップの対称性を調べている。走査型トンネル顕微鏡は、電子のトンネル効果がポンテシャル障壁の厚さに敏感であることを利用し、試料表面の凹凸を原子レベルの空間分解能で観察する顕微鏡である。また、STM分光法はSTMのもう1つの利用法で、試料と探針間の距離を一定に保ち、バイアス電圧を変化させることで、その位置における電子の局所状態密度を調べることができる(図1)。
図1 : 走査型トンネル顕微鏡(STM)
我々は、これまでに超伝導相が反強磁性絶縁相に隣接する強相関電子系のκ-BEDT-TTF塩に対して、STMを用いた角度分解STSを行うことで超伝導状態と電子相関の強さとの関係を明らかにしようとしている。これまでに、κ-(BEDT-TTF)2Cu(NCS)2やより電子相関の強いMott境界付近に位置するκ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]2Brに対して、二次元的伝導面に垂直な側面に対して角度分解STSが行われており、そこで得られたトンネル微分コンダクタンスの結果から超伝導の対称性を議論している。図2にκ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]2BrのSTS測定の結果を示す。
図2 : κ-(BEDT-TTF)2Cu[N(CN)2]2Br のトンネル微分コンダクタンス
微分コンダクタンスは超伝導状態の電子状態密度を反映するが、図2に示す結果は超伝導ギャップが二次元面内で極めて異方的であ ることを示している。トンネル遷移確率の波数依存をWKB法で取り入れた解析から、この超伝導ギャップは波数軸からπ/4の方向にノードを持つdx2-y2波の異方性を持つことが明らかになった。したがって、電子格子相互作用によるオンサイトの引力ではなく非局所的引力が超伝導をもたらしていることが理解される。また、理論的には4 バンドモデルを用いてスピン磁化率を基に超伝導対称性が議論されている。この理論は電子相関が強くなることでd - 波超伝導の対称性がdx2-y2 対称性からdxy 対称性に変わることが提唱されている。つまり、この理論に基づけば、これまでのκ-Br 塩までは電子相関がそれほど強くなっていないと理解される。
そこで、電子相関をより強くする方法として、ドナー分子であるBEDT-TTF分子のエチレン基を部分的に重水素化することで、よりMott境界付近を調べることができるようになった。今後は、より電子相関が強いと考えられるκ-(BEDT-TTF-d[n,n'])2Cu[N(CN)2]2Br においてSTS測定し、超伝導の対称性を探ることで、d - 波の対称性が電子相関が大きくなることで変化することがあれば、これは有機超伝導体における超伝導発現機構が磁気スピンの揺らぎによって引き起こされるという大きな証拠の一つになると考えている。
また、今後は磁気スピンの揺らぎとは異なる超伝導発現機構も期待されるλ-BETS塩やβ"-BEDT-TTF塩に対してもSTS測定を用いて有機超伝導体の超伝導発現機構を探っていきたいと考えている。